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【図解】共感と同感の違いを心理士の僕が解説しておきます

共感と同感の違い

 【更新7/22(月)】『共感が苦手だ』という方向けに、心理士の僕が共感力向上のためのヒントを記事に残しておきます。共感してるつもりなのに、人が離れてしまった経験ありませんか?そんな時は、『自分の共感』を疑ってみましょう。

この記事では、『同感と共感の違い』という観点から、共感について理解を深めてもらいたいと思います。

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結論 〜同感と共感の違い〜

それでは結論ファーストでいきますね。共感と同感の違いは、共感をする側(聞き手)の価値判断が含まれるか否かである。共感は、価値判断を含まず、同感には、価値判断が含まれる。その上で、、共感とは、相手の体験とその際に生じる感情に近づこうとする行為、プロセスであり、そこに価値判断は含まれず相手を理解するための手段と言える。

こんな感じになりますね。

ちなみに、もう少し実践的な話をすると、共感は、次の様なイメージを持って置くだけで、段違いにその対応が変わるはずです。

共感の姿勢

『相手の気持ち』に焦点を当てたこと言葉なので、常に主語は相手ということになります。したがって、自分が感じた相手の気持ちを伝える作業です。以下はそのイメージ。

共感

同感の姿勢

一方、同感は『自分の気持ち』に焦点を当てたこと言葉なので、主語は自分ということになりますね。したがって、同感する際に伝えている内容は、自分の気持ちなのです。

同感

技術云々ではなく、この意識を持つだけであなたの共感力は激変するはずです。ぜひ試してみてください。

共感とは

それではここから、結論の肉付けをしていくことにしましょう。

一般的なイメージというか、僕が思い描いてる”共感”は以下のようなものである。

この前、彼女に振られたばかりで、マジ悲しい

めっちゃ、わかる〜

確かに、共感っぽい。果たしてこれは共感と言えるのだろうか?それを続けて吟味せねばならない。

”意味”を切り口にして考える

では、イメージとしての”共感”を確認した所で、続いては辞書上の”意味”を確認しておく。

他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち。他人の考え・行動に、全くそのとおりだと感ずること。同感。 

引用:コトバンクより

直感でいうと、先ほどのイメージと概ね合致している様に思う。だとしたら、先ほどの会話はまさに”共感”と言えるのかもしれない。しかし、これでは話が終わってしまうので、他の定義にも目を通しておく。

 他人が喜ぶのをみるとともに喜び、他人が悲しむのをみるとともに悲しむというように、他人と同じ感情をもつことをいう。この場合、ある人(他人)がまずある感情を体験しているということが前提条件で、その感情の表出を観察者(自分)がみて、自分も同じような感情を体験することをいう。他人がどのような感情を抱いているかを観察しないで、たぶんあの人は悲しんでいるであろうと自分かってに推測して、悲しんでみせるというのは感とはいえない。また、他人が悲しみの情動を体験しているのを確かに理解できても、自分は悲しくなれないというのも共感ではない[花沢成一](日本大百科全書より)

引用:コトバンクより

この定義には何やら深みがあって、それっぽい事を言ってる気がするのだが、それと同時に、僕の中で「甘え」なる概念と被る部分があった。興味のある方は、後ほどそちらも読んで欲しい⬇︎⬇︎⬇︎

精神科医である土居健郎先生の”甘えの構造”を読んだので、その内容と考察を記事にしておこうと思う。本書を手にしたきっかけは、過去記事の”甘え...

で、話がそれたが、ここからは、この花井氏の定義を手がかりに、”共感”の詳細を理解するための取っかかりにしていこうではないか。

共感の構成要素は、”体験”と”感情”

先ほどの共感の定義において、僕が注目したのは、花井氏が共感の構成要素を”体験”と”感情”の2つの要素に分解しているという点だ。つまり、この2要素が一致してるのか、不一致かという”視点”を持って考えると、少しは”共感”を理解することに近づくことができるのではないか。例えば、以下のように。

共感の分解

この表は、

縦軸→相手と自分の感情が”一致している”かor”不一致”か

横軸→相手が述べる体験をしたことが”ある”かor”ないか”

を示している。個別に見ると以下のように解釈できる。

体験も感情も共に相手と一致しているパターン

冒頭に紹介した、代表例がこれにあたる。

この前、彼女に振られたばかりで、マジ悲しい

めっちゃ、わかる〜

つまり、相手が述べる、彼女に振られた(体験)ことも、それにより生じる悲しい(感情)気持ちも過去に経験があり、それらが自分の記憶に刻まれているという意味である。花井氏の定義に従えば、これこそが共感なはずだ。

体験は一致しているが、感情は不一致なパターン

ここには、次の様なやりとりが該当する。

この前、彼女に振られたばかりで、マジ嬉しいわ〜

めっちゃ、わかる〜(は?悲しいことはあったけど、嬉しいってなに?)

これは、彼女(あるいは彼氏)に振られたことはあるが、それにより生じた嬉しいという感情を経験したことがないケースだ。花井氏が、”他人が悲しみの情動を体験しているのを確かに理解できても、自分は悲しくなれないというのも共感ではない”という様に、これは共感ではないということになる。畢竟するに、これは共感したふりなのだ。

体験は不一致だが、感情は一致しているパターン

このケースには、次の様なやりとりが該当すると思われる。

この前、彼女に振られたばかりで、マジ嬉しいわ〜

めっちゃ、わかる〜(私、彼氏いたことないけど、振られると嬉しいんだ)

相手が述べる体験が未知ならば、そこに付随する感情など知る由もないが、ここでは、少なくとも、相手が述べる”感情”それ自体は、過去の記憶として保管されている事を意味する。しかし、やはりこの場合も共感したふりに過ぎない。

体験も感情も不一致なパターン

下記の様なやりとりがこれに該当。

この前、彼女に振られたばかりで、乱離骨灰だわ〜

めっちゃ、わかる〜(?????)

言わずもがな共感のふり。彼女に振られた経験もないし、乱離骨灰というワードに適合する感情を持ち合わせていないという事。この様に、説明の便宜上、共感を体験と感情に分けて考えてみたが、表の右半分に関しては、相手が描写する体験をしていない時点で、その後に生じる感情の不一致を判断することは不可能なので、同じカテゴリーと捉えることができる。

以上から、少なくとも花井氏の定義に従えば、表の左上のマス目以外は、共感ではないと解釈できる。では、相手が述べる体験をせずして、共感は不可能なのか?という話になる。

では、体験なくして共感することは不可能なのか?

この答えは花井氏が述べていた通りだ。

共感は体験失くしてできるものではない

なぜか?

そのヒントが以下の書籍で述べてられていたので拝借させてもらう。

 本質的に言って、共感は努力してするものではありません。共感はただ心の中に自然にわいてくるものです。努力してできるのは、共感しているふりだけです

(引用:技芸としてのカウンセリングより)

注目すべきは、太字の部分。これを花沢氏の定義も考慮すると、心の中に自然に湧いてくるものが共感なのであれば、そのためには、相手が述べる体験と感情を自分が有している必要があり、相手からの情報によってそれが、想起されるということになる。これは、共感=”自然に心に湧いてくるもの”という事であるならば、先ほどの表において、共感=”左上のマス目のみ”ということも頷ける。

しかし、相手が自身の体験と感情を描写した直後に、同様の思いが自分の内面に自然と湧いてこなかった場合、どうすればいいのだろうか?偽善的に共感するフリをするしかないのだろうか?

これに対してもヒントが述べられていたので、そちらを拝借させてもらう。

 共感は、個人の境界線を越えてあなたと私の間に響き合う心の現象、つまり、「人と人とが関わり合い、互いに影響し合うプロセス」のことなのです。ですから、共感は、ただ相手とぴったりと同じ気持ちになることを指すわけではありません

(引用:プロカウンセラーの共感の技術より)

また、次の箇所も引用しておきたい。

”共感が深まる”とは、相手の気持ちと自分の気持ちとの境界線がぼやけることです。あるいは、相手の気持ちと自分の気持ちとが出会い、相互作用することです。

(引用:プロカウンセラーの共感の技術より)

杉原氏が述べる”プロセス”や”境界線がぼやける”という言葉には、かなりハッとさせられた。というのも、花沢氏の定義とは異なり、共感をより大きい概念として捉え、”共感=プロセス”と言うからには、仮に、相手の話す経験や感情が自然と浮かんでこなかったとしても、相互作用によって共感することが可能であり、それは、話し手と聞き手の境界線がぼやけるからこそだと言っているわけだ。

で、繰り返しにはなるが、この”境界線をぼやけさせる”という行為こそまさしく”甘え”にも通ずる表現だと思うのだ。

精神科医である土居健郎先生の”甘えの構造”を読んだので、その内容と考察を記事にしておこうと思う。本書を手にしたきっかけは、過去記事の”甘え...

話を戻そう。

故に、杉原氏の見解に立つならば、”体験失くして共感することも可能である”ということになる。これは、花沢氏の定義に反するものだが、僕自身は、この杉原氏の意見に賛同する。なぜなら、実際に相手の言う体験をせずとも、その体験から生じた感情をあたかも自分がしたかの様に体感することがあるからだ。

同感とは

さて、ここまでで、”共感”という概念を少しは理解できた様に思われる。しかし、これだけでは不十分な気がしてならないので、”共感”に似た”同感”という言葉を用いて考えを深めたい。

同感については、辞書を引いてみると次の様に定義されている。

同じように感じること。その意見や考えに賛成であること。また、そのような意見や考え。

これを共感の定義と照らし合わせてみると・・・・

他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち。

めちゃくちゃ似てて使い分けがよくわからない。

英語表現で捉え直してみる

この手法、日本語の違いがわからないとき、僕はよくやるのだが、新たな発見があったりする。というのも、心理学では、言語にその国の”考え方”や”物の見方”が反映されていると考えるからだ。そこで、同感と共感をそれぞれ英語に変換すると次の様になる。

同感⇨agreement

共感⇨empathy

これに反対語も加えてみると以下の通り。

agreement (同感)⇦⇨disagreement(反対)

empathy (共感)⇦⇨antipathy (反感)

どうだろう?何か気づきはあっただろうか?僕が思うに、”同感”と”共感”って、日本語で表現すると、すごく似てるのだが、英語にすると、全く異なる単語に変換される。つまり、欧米圏の人間は、これらを全く異なる単語として捉えているということではないだろうか?だから、これは僕の仮説だが、欧米人に「agreementとempathyって似てるよね?」って英語できいたら「は?何言ってんの?」的な返答がある様な気がする。つまり、共感と同感はやはり別物であるということを念頭に、思考を進めねばならない。

”disagreement”から”同感”を捉え直す

続いて、agreement(同感)の対義語であった、”disagreement”を手がかりに思考を進める。ここで注目すべきは、disagreementを日本語訳すると、”反対”という意味になることだ。そして、反対の対義語は、日本語で”賛成”なはずである。一瞬、ハテナマークが頭に浮かぶが、つまり、欧米人は、”同感”とほぼ同じ意味で”賛成”を捉えていることが伺える。その逆も然り。

同じように感じること。その意見や考えに賛成であること。また、そのような意見や考え。

では”賛成”はどういう意味なのか?

という話になるが、

人の意見や行動をよいと認めて、それに同意すること。

この様に表現されている。なるほど。この定義により多くの人が、本質に近づいたのではないだろうか。つまり、同感という表現には、聞き手の主観がかなり入り込んでいる。すなわち、ニュアンスは弱いが、相手を値踏みしてることにもなる。カウンセリングにおいて”同感”という言葉が使われないのはきっとこういうことなのかもしれない。

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