生きづらさの原因の1つである、
「価値観が合わない」ということについて一度考えてみた。
友達や同僚、パートナーと共同生活をして、普段は気にならなかったことが目についた経験は誰しも通る道だと思う。物の配置、食の好み、寝るタイミングなどあげたらきりがない。
とはいえ、『価値観が合わない』という表現自体がぼんやりしているため、もう少し踏み込んで考えてみる。
価値観が合わない例
例えば、朝ごはんが”和食派か洋食派か”みたいな話はよくあるが、この組み合わせを用いて”価値観の不一致”を考えてみる。
組み合わせのパターンは以下の通り
①Aさんは和食派、Bさんはどちらでもいい派
②AさんもBさんも和食派
③Aさんは和食派、Bさんは洋食派(価値観が合わない)
④Aさんは洋食派、Bさんはどちらでもいい派
⑤AさんもBさんも洋食派
⑥Aさんは洋食派、Bさんは和食派(価値観が合わない)
⑦AさんもBさんもどちらでもいい派
全7パターンですね。
この場合、①②④⑤⑦は不一致なしパターン。③⑥が不一致ありパターン。
もう少し細かく見ると、
②⑤⑦はお互いの好みが一致している。①④はどちらかに”こだわりのない”人間がいるためこだわりのある人間に合わせられます。それ故に、不一致が生じない。
③⑥はお互いの好みが不一致故に、苦痛が生じると言えます。③⑥の解決策としては、ローテーションする、お互い好きなものを食べるなどありますが、
例えばこれが、子供の教育方針、家族への接し方など一般的に人が重要視するであろう価値観の不一致があったとしたら上記のような対処は不可能かもしれません。その点を理解せず結婚した男女がどうなるのかというと、最悪の場合、”離婚”という結末が待ってます。
”価値観”が合わないならなぜ別れないのか?
僕もすでにアラサーなわけですが、同年代の女子は早いともう結婚5年目とかいたりして、夫への不満とかチラホラ聞いたりします。相手の話ぶりをよく見ていると「これもうだめだろうな」と勝手に思うわけです。
と、同時にもう一つ思う事があります。
『お互い嫌い同士なのに一緒にいる必要はあるのかな?』
・・・・・と。
一番伝えたいこと
とはいえ、”価値観が合わない”と言ってもこれだけのパターンが実はあります。なので、”自分がどの状態にいるのか?”という点と、”どのような状態になれば折り合いがつくのか?”という点は、”別れる”前に考えるべきことです。
その上で、”別れる”という選択はもっと多くの人が選択してもいいような気がします。
それは、恋愛・結婚に限らず、友人との決別、会社の退職など全てにおいてです。
なぜなら、”離婚すると傷がつく”とか”会社をやめたらキャリアに響くぞ”というフレーズは、刷り込みでしかないからです。
そして、その言葉に影響を受けて”別れない”選択をしたとすれば、もしかしたらそれは”自己犠牲”かもしれません。
だからこそ、問題に向き合った上で、別れる選択をする人たちが増えることは、”生きやすい”社会に繋がるのだとも思ってます。
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