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注意欠陥多動性障害(ADHD)と学習障害(LD)の違い

学習障害

発達障害のうち、全体的な機能や能力は年齢相応であるにも関わらず、読み書きや運動など部分的な能力や機能で著しい遅れが見られる障害を、特異的発達障害と言う。注意欠陥多動性障害および学習障害は、その下位分類に該当する疾患である。

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注意欠陥多動性障害(ADHD)

特異的発達障害の1つで、不注意、多動、衝動性という行動上の3つの特徴を持っている。不注意とは、1つのことに注意を向けることができずに気が散りやすいこと。多動とは、じっとしていられずに不適切な状況で走り回ったりすること。衝動性とは、順番や適切なタイミングを待てなかったりすることで、原因は、先天的な脳の機能障害だと言われている。

DSM-5における変更点

発症時期が7歳以前から、12歳以前に変更された

・ ASD同様に、神経発達症に含まれる

自閉症スペクトラムと注意欠陥多動性障害(AD/HD)の併存がどうやら認められたらしい・・・・

二次障害

ADHDのの子供達は、そうでない子供達に比べると、褒められる機会が少なく、叱られる機会が多くなりがち。そのため、二次的に生じた心理的問題への気づきや解決を目的に心理用法が行われる場合がある。二次的障害には、気分障害や不安障害などがある。

治療・介入

多動・不注意の症状を軽減する薬物の処方がある。以前までは、リタリン(メチルフェニデート)が適応外処方されていたが、2007年より、原則18歳未満のAD/HDを対象にコンサータが適用されるようになった。薬物療法と並行して、行動療法を用い、適応行動を学習させていく。また、ADHD児は日常的に失敗が多く、劣等感を抱きやすい。そのため、親への心理教育や、教師へのコンサルテーション特別支援教室などを用いて児童が生活しやすい環境を整えていく必要がある。

学習障害とは

一方で、学習障害は、全般的な知的能力に遅れはなく、平均的なIQを示すが、読む・聞く・話す・書く・計算するなど、ある特定の学習能力に著しい困難を示す障害のこと。そのため、”読めるが書けない”、”書けるが話せない”ということが起こる。そのため、学習障害には、以下な下位分類が存在する。

ディスグラフィア

ディスグラフィアは、文字を書くことが困難な障害であり、限局性学習障害に区分される。綴字の困難さ、文法と句読点の正確さ、書字表出の明確さ、または、構成力といった書字表出の障害を伴うもの。

ディスレクシア

知的能力の低さや勉強不足なわけではないにも関わらず、文字の読み書きに困難を示す障害。二次的に、読み書きの機会が減少することから、語彙や知識背景獲得の妨げにもなる。特に”読字”に限局する症状を示すタイプの限局性障害として扱われる。

ディスカリキュア

知的能力の低さや勉強不足なわけではないにも関わらず、算数や数学などの計算を必要とする能力に困難がある。

参考図書

最後に、発達障害児と接する際役に立ちそうな書籍を紹介しておきます。漫画なので手軽に読めるはず。

雑感

 この書籍はADHDをテーマにした内容であるが、人間関係全般において、個人に合わせた接し方を改めて考えるということに、警鐘を鳴らしてくれるものだった。なので、ADHDに無関係の人でも、”ハッ”とさせられることがあるし、発達障害の子どもがいる親はすぐにでも読んだ方がいい。というのも、おそらく発達障害全般が、子供が幼いとその判別が困難なのだ。本書においても序盤では、「この子はちょっとそそっかしいだけだよね」と片付けられてしまっている。子育ての比較ができないので、実際より大きな労力が掛かっていることに気づかない。故に、子供のためと言うよりは、そういう子供を抱えている親の責務というか、心理的負担を軽くするのに一役買ってくれると思う。

内容のピックアップ

というわけで、僕の独断と偏見で、本書から気になった箇所をいくつかピックアップしておく。

ルール変更を伝えておく

 本書で紹介されるADHDの特徴の1つに、”急なルール変更が許せない”というものがあるのだが、それに対し「ルールが変わることをパターン分けして説明する」といった関わり方で母親が対処をしている場面がある。これは、僕の場合、プライベートでもちょっと予定が変わったくらいで皮肉を言ってくる知人を相手にする時や、仕事でのOJTがあるときはまさしく必要なコミュニケーションだった。ただし、パターンを説明するというのも毎回続けると相応の労力が必要となってくるので、やはり、相手に応じて使い分けるという視点が必要になってくる。

言い換え

 これはADHDの特性とは異なるが、”クスッ”としてしまったので、日常の”かわしかた”として紹介しておきたかった。自分たちの子供がADHDだと発覚した時に、その夫婦が言い合いをするのだが、その声を聞いた子供が「なに?ケンカしてるの?」と様子を見にくる場面がある。この時の母親の返答が、「ううん、ケンカじゃないから、お父さんと熱く語りあってるだけ」となんとも絶妙な”言い換え”をしていてその場の雰囲気を切り替える時に使えそうなワードだ。実際、僕は実家に帰省するとよく家族の誰かしらと言い合いをしてしまい、誰かに制裁されるのだけど、そんな場面で使えば有効だと思う。

ペアレントトレーニング

 物語の終盤で、ADHDと診断された子供の両親は、子供とのコミュニケーションを円滑にするため、ペアレントトレーニングを受けることになるのだが、ペアレントトレーニングについて次のように触れられている。

ペアレントトレーニングは、子どもを変えるわけではない。親の意識をかえ行動を変える、それによって子が変わる

(漫画家ママの うちの子はADHD (こころライブラリーより引用)

これですね。これ。これ。本書で一番重要なパート。人間関係の根幹にあるにも関わらず、本当に難しいこと。人間関係やコミュニケーションのトラブルっていうのは、いつ何時もその責任は半分ずつ背負っているはずだと僕は思ってる。にも関わらず、僕たちは、相手に行動の変容を求めてしまう。なんとも傲慢な話だ。本来なら、まず変わるべきは自分自身なはずだし、コントロールできるのは自分の行動だけである。この文言は、そういうことを僕に思い出させてくれた。

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