【書評】漫画家ママのうちの子はADHD

書評記事です。

うちの子はADHD

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本書を手にしたきっかけ

  なぜ、僕がこの本手に取ったかといえば、ADHDについて理解を深めたかったからなのだが、たまたま電子書籍の新着トップで目についたのがきっかけだった。もちろん、これだけで全てが理解できるわけではのだが、イメージ作りの入り口としては良書だったように思う。

雑感

 そもそも、僕はいますぐADHDと接する予定があるわけでもないので、漠然としたほぼ知的好奇心から読み始めた。なので、この書籍からの学びを”日常的な人間関係やコミュニケーション”に結びつけて考えたのだが、一言でいうなら、個人に合わせた接し方を改めて考えるということに、警鐘を鳴らしてくれるものだったように思う。

 なので、ADHDに無関係の人でも、”ハッ”とさせられることがあるし、子どもがいる親はすぐにでも読んだ方がいい。というのも、おそらく発達障害全般が、子供が幼いと見分けがつきづらいのだ。本書においても序盤では、「この子はちょっとそそっかしいだけだよね」と片付けられてしまっている。子育ての比較ができないので、実際より大きな労力が掛かっていることに気づかないのだ。故に、子供のためと言うよりは、そういう子供を抱えている親の責務というか、心理的負担を軽くするのに一役買ってくれると思う。

内容のピックアップ

というわけで、ADHDという切り口から、自分の人付き合いに取り入れたいと思った箇所を、僕の独断と偏見で抜き取っておく。

ルール変更を伝えておく

 本書で紹介されるADHDの特徴の1つに、”急なルール変更が許せない”というものがあるのだが、それに対し「ルールが変わることをパターン分けして説明する」といった関わり方で母親が対処をしている場面がある。これは、僕の場合、プライベートでもちょっと予定が変わったくらいで皮肉を言ってくる知人を相手にする時や、仕事でのOJTがあるときはまさしく必要なコミュニケーションだった。ただし、パターンを説明するというのも毎回続けると相応の労力が必要となってくるので、やはり、相手に応じて使い分けるという視点が必要になってくる。

言い換え

 これはADHDの特性とは異なるが、”クスッ”としてしまったので、日常の”かわしかた”として紹介しておきたかった。自分たちの子供がADHDだと発覚した時に、その夫婦が言い合いをするのだが、その声を聞いた子供が「なに?ケンカしてるの?」と様子を見にくる場面がある。この時の母親の返答が、「ううん、ケンカじゃないから、お父さんと熱く語りあってるだけ」となんとも絶妙な”言い換え”をしていてその場の雰囲気を切り替える時に使えそうなワードだ。実際、僕は実家に帰省するとよく家族の誰かしらと言い合いをしてしまい、誰かに制裁されるのだけど、そんな場面で使えば有効だと思う。

ペアレントトレーニング

 物語の終盤で、ADHDと診断された子供の両親は、子供とのコミュニケーションを円滑にするため、ペアレントトレーニングを受けることになるのだが、ペアレントトレーニングについて次のように触れられている。

ペアレントトレーニングは、子どもを変えるわけではない。親の意識をかえ行動を変える、それによって子が変わる(漫画家ママの うちの子はADHD (こころライブラリーより引用

これですね。これ。これ。本書で一番重要なパート。人間関係の根幹にあるにも関わらず、本当に難しいこと。人間関係やコミュニケーションのトラブルっていうのは、いつ何時もその責任は半分ずつ背負っているはずだと僕は思ってる。にも関わらず、僕たちは、相手に行動の変容を求めてしまう。なんとも傲慢な話だ。本来なら、まず変わるべきは自分自身なはずだし、コントロールできるのは自分の行動だけである。この文言は、そういうことを僕に思い出させてくれた。

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