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認知症になる前にこそ、手続き記憶は必要なのかもしれないって話

ありがとう

結婚式があったので、実家に帰省したら、なんとも残念なことに両親の物忘れというかボケ具合が驚くほど進行していた。

今までは介護の問題なんて、ものすごく先のことの様な気がしていたのだが、脳の勉強をしてることや、認知症のニュースをよく目にしていたこともあり、急にそれが他人事だと思えない自分に気づかされる羽目になった。

そんなバックグラウンドもあいまって、認知症と介護の問題について最近思っていることを綴ることにした。

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感謝の言葉は身を守る

今回一番伝えたいことは、身近な人間に高齢者がいる場合、認知症になる前に”ありがとう”という言葉をとにかく口に覚えこませろということだ。

なぜか?

介護を受ける者が、「ありがとう」と言うだけで、介護をする側の人間が救われるからだ。”ありがとう”には、熱したエンジンを冷却する氷の役割がある。

以下のグラフを見て欲しい。

これは、介護施設における虐待件数と養護者(非介護施設)による虐待件数の推移を表している。(厚生労働省より)

ここでのメッセージは、介護をする限りは、加害者になりうる可能性があると言うことだ。

介護 虐待件数

また、グラフにはされていないものの、入居施設では、虐待を受けた778人の高齢者のうち、認知症の割合が、587人(75%)であり、非入居施設では、虐待を受けた16423人のうち、7549人(69%)認知症を有していたとの報告がある。

続けて、虐待の発生要因である。

 入居施設における虐待の発生要因(市町村の任意・自由記載を集計)では、 「虐待者の介護疲れ・介護ストレス」が 1,320 件(25.0%)で最も多く、

 非入居の場合、虐待の発生要因(市町村の任意・自由記載を集計)は、  「職員のストレスや感情コントロールの問題」101 件(26.9%)が2番目に多かった。

つまり、”ありがとう”と被介護者が言えるようになることは、これらの要因から発生する虐待を減少させる力があると僕は捉えている。

認知症か否かによる虐待の違い

では、なぜ、認知症患者に対してなのかと言えば、認知症になると虐待を受ける可能性が高くなるからだ。

下のグラフを見てほしい。これは、入居施設における虐待の種別ごとに認知症の程度と虐待の種別の関係を示している。横軸に虐待の種類、縦軸に虐待の発生割合、棒グラフの色が認知症の程度を表している。

このグラフからは、被虐待高齢者に認知症があり「自立度Ⅳ/M」の場合、身体的虐待を受ける割合が 特に高いことがわかる。《統計的有意差あり》

認知症と身体虐待

一方、非入居における場合の被虐待高齢者の認知症の程度と虐待種別の関係をみると、被虐待高齢者に認知症がある場合、「介護等放棄」を受ける割合が高いことがわかる。《統計的有意差あり》

介護放棄

だから、認知症があることで、なんらかの虐待を受ける可能性が高まるということが言えるのだ。

この原因こそ、”ありがとう”と言えなくなる認知症の特徴にあると僕は考えている。言わないのではなく、言えないのだ。

認知症になる前に”ありがとう”を習得すべき理由

ここで、認知症の特徴について簡単に話ておく。

 認知症とは、一度成熟した知能が脳の損傷により広範かつ継続的に低下していく状態のことを言い、多くの場合、海馬の損傷に始まり、新しいことを覚えられなくなることに始まる。続いて、大脳の損傷により、過去のことを正確に思い出せなくなるといった具合に進行するのだ。

そう。

認知症になると、ありがたいことをされてもそれ自体を覚えられないため、感謝すべき対象が存在しないのだ。

そして、繰り返しになるが、なぜこの様な現象が起きるかと言うと、脳に原因があるというわけだ。

心理学における記憶の話

認知症の原因がわかったところで、次は記憶の仕組みについて話をしておく。記憶とは、”記名”、”保持”、”想起”の総称のことであり、覚えてから思い出すまでのことを指す。

そして、記憶の保持には、短期記憶と長期記憶と呼ばれる貯蔵庫が関与していて、この長期記憶をうまく活用することが認知症とうまく付き合うことだと言われている。

なぜか?

長期記憶には、脳に依存せずに記憶する方法があるからだ。それが、手続き的記憶である。

これはいわゆる身体知と言われるもので、車の運転や、泳ぎ方など、ある状況下になると身体が勝手に反応してしまう記憶のことを言う。

また、この記憶は、勉強をする場面でも発揮される。例えば、英単語を覚えるときに、繰り返し書いて覚えたり、口に出して覚えたりするのは、脳だけでなく、手の動きや口の動きにその単語を覚えこませるためでもある。

ここで思い出してほしい。認知症がなぜ新しいことを覚えられなくなり、昔のことを思い出せなくなるかと言うと、その役割を担う脳が損傷してしまったからだ。しかし、この手続き記憶は脳とは無関係に記憶を覚えることができ、思い出すことができる

それこそが、この手続き的記憶を活用することが認知症とうまく付き合うことだと言われているが所以なのである。

なぜ”ありがとう”なのか?

こんな記事を見た。介護にまつわる苦悩話だ。感謝されたくてやってるわけじゃない。それでも、この「ありがとう」という言葉があるかないかの違いだけで、相手の行動を踏みとどまらせる力があると思うし、自分の身を守ることができると思ってる。

それが良いか悪いかとか道徳的な話ではなく、人間ってそういうものなんだろうと僕は思った。

かといって、無理やり覚えこませるのも何か違う気がする。

では、自分ができるのは何か?

ここから学べることは何か?

と考えたら

まずは、自分が”ありがとう”を伝えることなのではないだろうか。

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