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【意図とは何か?】 〜頼まれてもないのに再定義した〜

社会人になると、相手の期待に沿えない行動をすると、「相手の意図を読め」とか、「相手の意図を考えろ」と、よく言われるようになる。

意図という概念は、日常的に耳にする言葉であるが、特段難しいイメージの言葉でもない。なので、何となくわかった気になってあまり深くは考えずにその言葉を使ってしまう。

にも関わらず、

意図を読めるようになることの効用は世の中に出回ってたりする。”意図”とは何か?という線引きをしないで、メリットだの何だのと語るのは、ちゃんちゃらおかしくはないだろうか。

なので、この機会に一度、”意図”とは何か、その定義を整理してみることにした。

意図の定義

”意図”という言葉を辞書で引くと、何かをしようとすること。何かをしようと考えてる事柄とある。この文章に注意を向け、じっと考えてみる。すると、以下の疑問が浮かんできた。

①「〜したいと考えること」は”、”意図”に該当しないのだろうか?

②”意図”という言葉は無意識にも使える言葉なのだろうか?

これらの問いを展開して、”意図”の正体を暴いていきたい。

「〜したいと考えること」は”、”意図”に該当しないのだろうか?

まずは、

第一の疑問を展開するために、「〜したい」と「〜しよう」の使い方について、具体例を考えてみた。

「〜したい」は、空腹を感じた時に「何かを食べたい」とか、眠気を感じた時に「ベッドで横になりたい」などがある。一方で、「〜しよう」は、「パンを食べよう」とか、「ベッドで寝よう」などがある。

以上の例を、発生順序的に考えると、「〜したい」(感情)は、「〜しよう」(意図)に先行すると言える。先の例ならば、「お腹が空いた(事実)ので、何か食べたい(感情)。よし、パンを食べよう(意図)」となる。

なので、「〜したいと考えること」は”、”意図”に該当しないのだろうか?という疑問には、「〜したい」という表現は意図ではく、感情を表す表現だと答えることができる。

感情と意図の先にあるもの

続いて、

この意図と感情の関係を確認したところで、自然と僕の頭に浮かんできた概念がある。それは、”行動”であり、”パンを食べよう”という意図の先には、パンを食べるという行動が伴うということだ。

これを先ほどの流れに加えると、

お腹が空いた(事実)ので、何か食べたい(感情)。よし、パンを食べよう(意図)。そして、出かける(行動)

となる。

しかし、

ここで一つ注意したいのは、感情を満たすための意図は、単一で成立しないということ。

どういうことか。

空腹感が芽生えた時に、何か食べようと思っても、外出しただけで空腹は満たせないという意味。つまり、空腹感を満たすためには、①何を食べるか、②どこで食べるか、③どうやってそこまで行くかなどの最低限必要な意思決定をせねばならない。

故に、これらの問いを「〜しよう」(意図)の形に変換すると下記のようになる。

①何を食べるか?(問い)⇨パンを食べよう(意図)⇨外出する(行動)

②どこで食べるか?(問い)⇨近場のイオンで食べよう(意図)⇨イオンに向かう(行動)

③どうやって行くか?(問い)⇨徒歩で行こう(意図)⇨歩く(行動)

以上から言えることは、4つ。

①欲求を満たすための問いに答える形で意図は形成される

②1つの欲求(感情)に対し、意図が1つとは限らない

③意図の数と行動の数は同数になる

④一つの行動に見えることも、複数の行動に分解することができる

”意図”の集合こそ”目的”と

ここまでで、僕と同じように考えた人もいるのではないかと思うが、意図はなぜ存在するかというと、欲求を満たすためだ。それは言い換えれば、目的を達成するために意図は存在するということでもある。

意図の再定義

最後に、意図の言葉の意味を再定義しておく。

意図とは、何かをしようと考えてる事柄であり、「何かをしたい」と表現する感情とは区別される。感情は意図に先行して発生し、意図は行動として現れる、その行動は目的を達成するために存在する。故に、意図とは、目的を達成のために存在し、目的をどのように達成するかを考える事柄であると再定義できる。

冒頭に述べた疑問②については次回のエントリーにて。

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